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想いを伝える場 PROJECT / WORK
2026.10.22

【布志名焼 雲善窯】継いだのは270年の歴史と技、人柄

松江市の西側、宍道湖畔に陶房を構える「布志名焼 雲善窯」は、270年の歴史を継ぐ窯元です。

今回はその十代目当主、土屋知久さんにお話をうかがいました。

御用窯として発展してきた歴史

松江藩第七代藩主・松平治郷(はるさと)は「不昧公」とも呼ばれる名の知れた茶人で、京風の雅な意匠を好んだといわれます。

1756年(宝暦6年)、茶の湯文化の基礎を築いたともされる不昧公が、自分好みの茶道具をつくるために開いたのが「雲善窯」でした。

開窯にあたって抜擢されたのが、当時楽山窯にいた「土屋善四郎」です。「雲善」の号と瓢印を下賜された善四郎は、以降江戸時代が終わり藩政の幕が引かれるまで布志名焼教方として、同じく藩窯である永原窯や民窯の舩木窯※注1 の指南役も務めました。

(※注1 舩木窯……江戸中期に開窯した布志名焼の起源となる窯元。布志名焼は松江市玉湯町でつくられる焼き物の総称で、黄色い釉薬が特徴)

御用窯として発展した雲善窯は明治維新によってその体制変更を余儀なくされますが、民藝運動へと向かう時代の流れをうまく取り入れながら、現在まで続く独自の作陶を確立していきます。

茶陶の薄づくりを活かして

明治時代以降、茶陶だけでなく民衆が使う日用的な器も手掛けるようになった雲善窯。現在の制作も9割近くが日用品で、定番のスープカップやマグカップの他、カレー皿も手掛けます。

ぽってりと丸みのあるフォルムが特徴的な器は一見すると重量が感じられますが、実際手に取ってみると驚くほど軽く、扱いやすいことがわかります。

また、よく観察してみると飲み口がわずかに外側に反れていることにも気が付くでしょう。

土屋:「手にもったときに収まりがいい形、飲み物がすっと口に入る形っていうのを意識してつくっています。軽いのは部分的に厚みを出すことでフォルムを調整しているからで、こういった手になじむ形や軽さの出し方は、茶陶の技術からきています」

持ちやすさや口当たりのよさが追求されてきた茶陶。いわれてみればたしかに茶陶で大成された「侘び寂び」※注2 の美意識までもが含まれているように感じます。

(※注2 侘び寂び……中国宋代の道教や禅仏教の思想から生まれた質素で不完全なものをよしとする美意識のこと)

土屋:「あとは、うちの奥さんがこういう形でつくってほしいっていうのでつくると、それがけっこう売れるんです」

いちばん身近にいる使い手の声はいつも、土屋さんに大きなヒントをもたらしてくれるのだそう。

展示会は学びの場

家族からの声と同じく、実際に使っているお客様からの反応は土屋さんにとってやり甲斐でもあります。

展示会やワークショップは、ダイレクトな反響を得られる絶好の機会。だから毎月のように各地へと出向いて積極的にコミュニケーションをとるといいます。

土屋:「宮城や香川、静岡。先日は福岡にも行きました。だいたい自分で運転して出かけます。やっぱりここでじっとしているよりは世界が広がるし、毎年来てくれるお客さんもいて、『前に買ったあの器よかったよ』とか言われると嬉しいですからね」

使ってもらわないとつくる意味がない。

そう言い切る土屋さんにとって、生の声はいちばん大きな原動力です。

また展示会は使い手との交流だけなく、同じつくり手同士の情報交換の場としても重要な機会なのだそう。

土屋:「ずっとブースに立っているので、隣の人や近くにいる方とよく話します。みなさんいろんな心構えでつくっていて、聞いていると面白いし、勉強になるんです。何が売れてますか? って聞いて、帰ってきてそれをつくってみるとか。よそで開催される次の展示会の情報をもらうこともよくあります」

使う人の話。つくる人の話。

「人」の話に耳を傾けて、新しい可能性を探る。

土屋:「聞いたことはとにかくやってみます。ずっと同じものをつくっていると飽きてくるし」

そう朗らかに語る土屋さんは、純粋に「人を知る」ことを楽しんでいるようにも見えます。

先代から継いだもの

売り場の奥にある焼き場では、ちょうど窯焚きが行われていました。

中の温度はおよそ600度。空気を抜いて焼くのか、どの時点で温度を下げるのか、窯焚きのレシピも様々です。

分厚い扉には、走り書きのメモが残っていました。

土屋:「これは先代が書いたもの。いつ窯炊きしたかとか、紙に書かずにこんなところに書いてるんですよ」

陶房の随所に現役を退いた先代の気配が漂います。

土屋:「先代はもうとにかく人の好さがあって、穏やかで。そういう人柄も継いでいると思ってます」

「あまり怒らない。というか怒れない」と自身を振り返る土屋さんに、雲善窯の誇りは何かと訊ねてみると、「人柄ですかね」と返ってきました。

挑戦する姿勢が伝統をつくってきた

土屋:「わくわくするのは、窯を開ける瞬間です。実験的につくることが多いので、自分でもどんな風に仕上がってくるか予想ができない。こうなるんだ! っていう発見があるから窯出しがいちばん楽しいです。ほとんどが失敗なんですけどね」

失敗か、成功か。窯を開けてみるまでわからないから楽しい。

試してダメなら違うことをすればいい。

この精神こそ雲善窯のものづくりを支える土台部分。

今や窯の代名詞となったコバルトブルーやミントグリーンの色味も、そんな精神から生まれました。

土屋:「布志名焼の枠の中でなら、何をしてもいい。先人たちだって当時はきっと新しいことに挑戦してきたと思うんです。何でも最初からスタンダードだったわけじゃないでしょう」

「何事も、やってみる」

軽やかだけれども、だからこそこれを成し遂げるには真摯に立ち向かうエネルギーと健やかな精神が不可欠。

陶工の道を選んだときも、日々の制作も、「とにかくやってみる」というスタンスでここまでやって来たのだと語る土屋さんからは、トライアンドエラーで着実に積み上げてきた足場をもつ者の安定感、自分への信頼のようなものが伝わります。

土屋:「もっと窯の数が増えればいいと思ってます。どんどん増えないと、先細りする一方ですから」

布志名焼の可能性について訊ねてみると、即座にそんな答えが返ってきました。

現在、松江農林高校の非常勤講師も務める土屋さん。

土屋:「資金面での援助はさすがにきついですけど、技術面、精神面でならサポートできる。今はまだ具体的なイメージはないけど、ゆくゆくは後進を育てることも考えています」

「あんまり難しく考えてもアレなんで」との言葉は、茶化すわけではなくおそらくは真意でしょう。

遠い先のことではなく、まずは「今」「現場」でつくり続けることが未来をつくるのだということ。

その信条を体現するかのように、十代目雲善窯の陶房はいつ訪れても新しい色柄の器が並びます。

歴史、技術、精神と人柄。

御用窯としての立場から民衆のためのものづくりへと担う役割を変えた「しなやかな伝統」とでも呼ぶべき歴史をもつ雲善窯の性質は、たしかに当代にも継がれているようでした。

【布志名焼 雲善窯】

住所:松江市玉湯町布志名428-11
電話:0852-62-0738
営業:10:00〜17:00
定休:月曜日(祝日の場合は営業、翌日休み。イベント出店の場合は臨時休業あり)

Instagram:https://www.instagram.com/unzengama/

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