SHUGYOKUDO

想いを伝える場 PROJECT / WORK
2026.7.09

祈リチュアル


SHUGYOKUDO.corpオリジナルブランド「祈リチュアル」では、
「暮らしを、儀式に。」をコンセプトに据え、日常に溶け込むささやかな祈りの時間を提案しています。
祈リチュアルを起ち上げるにあたって、私たちは「祈りとは何か」という問いに向き合ってきました。
「祈り」とはいわゆる「概念」であり、人それぞれに捉え方が異なるもの。
だからブランドの骨組みとして、まずは祈りに対する定義づけをおこなう必要がありました。
ここでは、私たちなりに辿り着いた祈りの解釈についてお話してみたいと思います。

祈りとは何か――。

この議題を前にするとき、「神在」の地であるという土地柄も手伝って、
はじめに思い浮かぶのはやはり神様を詣でるときの「祈り」でした。

手水舎で身を清め、柏手を打って空間を清め、名乗りを上げてご挨拶する。
ご祈祷になると、家内安全、夫婦円満、子宝、商売繁盛、交通安全、無病息災、学業成就、恋愛成就と、
それぞれの区分で「うまくいきますように」という願いを神官を通して神様にお伝えします。

歴史的な事件や生活様式の変化から信仰文化への関心が薄れる一方で、
現代においてなおこうした参拝文化が廃れることはありません。
お正月にはみなこぞって初詣をし、おみくじを引き、新しい年のはじまりを祝う。
七五三や成人式などの節目ではなおさら、日常においてさえ子どもからお年寄りまで「墓参り」や「参拝」には
むしろ積極的といってもいいでしょう。

では、私たちがそこに何を見出しているのかというと、
それは「ご先祖様とのつながり」また「神様とのつながり」です。
何か超自然的な存在とつながることで心が安らぎ、心機一転明るい気持ちに切り替わることを無意識に期待します。

たとえ多忙の極みにあってさえ神様やご先祖様に手を合わせることをないがしろにできない私たち。

この国の文化だから、DNAに組み込まれた精神性だから、といえばそれはそうなのですが、
昨今祈りに関するブランドが増加傾向にあることを指摘するメディアもある通り(※NIKKEI DESIGN 2026年4月号)
多くの人が「祈り」を欲している現代。
なぜ参拝によって心が切り替わるのかを掘り下げてみると、現代だからこその理由があるように思われてきます。

たとえば、農耕や酪農といった自然を相手にする暮らしぶりから離れてしまった現代の生活様式が
いっそうその領域を渇望させている。その可能性は高いのではないかと思います。

どういうことかというと、
自動化・機械化が進んだ現代社会においては、私たちはともすれば日々の行為すべてを自分の手によって管理することが求められます。
アラームをセットする時間、美容院の予約などのスケジュール調整はもちろん、その日1日、
つまり人生のおよその時間をコントロールしなければならないような錯覚の中を生きている人が大半ではないかと思うのです。

晴耕雨読というのであれば環境のせいにもできるところを、物事の進捗がすべて自分の行動によって変わってしまうのだから、
私たちは常時、見えない何かに追われている状態といえます。

だからこそ、祈ることで自分の意思や行為が及ばない世界とつながることが重要になってくる。
祈りを欲する理由のひとつに「自己をゆだねる心地よさ」があるのではないかと思い至ります。

「祈り」とは、日々の緊張をゆるめるための重要な手立てであり、現代は現代ゆえの理由でそれが求められている。
動物が身体的安全のために囲われた住処を求めるのと同じように、いわば生存本能的な側面があるのかもしれません。

祈りに「場」は必要か?

次に、祈りの行為を成立させるための要素について。

参拝文化が衰退しないのは、
我々が「墓参り」や「寺社参拝」など、特別な場所で特別な作法を介してこそ超越的存在との「つながり」を得られるのだと考えていることの裏付けともいえます。
安らぎにはそれ相応の儀式(リチュアル)が必要であることをみんな自然に信じているということです。

「墓参り」にしろ「参拝」にしろ、いずれもその場所に赴いて結界を跨ぐことで儀式が始まります。
そして手を合わせ目を閉じて、あちら側の世界に身をゆだねる。
我々はそうした一連の非日常的な緊張があればこそ、大いなる何かとつながる安らぎの感覚が得られると考えているわけです。

これは祈りを解釈する上で重要なポイントであると思います。

日常における祈りの儀式

では、特別な場でなければ祈りは成立しないのか。

「明日はいいお天気になりますように」
「家族が無事に帰ってきますように」

こんな風に私たちは日々、「小さな祈り」を抱えて生きています。
これは、自分ではどうにもならないことを何か超越的な存在にゆだねようとする自然な心の動きです。

小さな子どもやお年寄りであれば、もしかするとその都度そっと手を合わせるかもしれません。
その行為が普段の空間を祈りの場に換えると感じているからです。

同様に、特別な作法とまではいかずとも、実は言葉や所作で空間を儀式の場に変換しているというケースはいくつもあります。
てるてる坊主はその代表例。
子どもの頃、遠足の前日に吊るしたてるてる坊主に覚えがある人も多いのではないでしょうか。

また、毎朝の「いってらっしゃい」という言葉も一種の祈りの型=儀式と呼んでいいのではないかと思います。

他にも円陣を組むとか散髪をするとか、ここぞというときのルーティンはみんな儀式の役割を果たしていて、
私たちはそうした祈りの型を踏襲することによって、「型を守ったから大丈夫」と心を落ち着けることができます。

つまり、どんなにライフスタイルが変わっても「型」は心をほぐすための有効な手段であり、人はそれを求めている。

ならばその祈りの型を、現代のライフスタイルに合わせて仕掛けることができたなら。

たとえば香りや音、佇まい。
それらを型にして、深い安らぎに導くアイテムをつくりたい。
心と暮らしを明るく照らす何かを届けたい。

祈りと密接に結びついた土地で祈りについて考え、ライフスタンスとして提案していくことは我々の使命にも感じています。

祈りとは何か。

山陰に受け継がれてきた風土を祈りのプロダクトとしてお届けするために、
私たちは、これからも祈りの可能性について考え続けます。

「祈リチュアル」では随時企画を更新中。
最新情報はInstagramかサイトページをご覧ください。

https://www.instagram.com/innoritual

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メディアキットデータのお問合せ・取材連絡先

株式会社秀玉堂(祈リチュアル)
E-mail : info@innoritual.jp
TEL : 0852-61-0024(代表)

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