
一畑鉄「出雲大社前駅」の駅舎に隣接するノスタルジックな店舗、「LOCAL-IZM」にあってひときわ色彩豊かな器たち。
それが、石田充弘(いしだまさひろ)さんが手掛ける作品です。
今回はその石田さんにお話をうかがいました。
選んだのは、作陶と旅に生きること

石田さんが作陶の道に進んだのは、いわゆるオイルショック※注1 の影響で以降就職氷河期時代に突入していく時代背景にあって改めて自分を見つめ、
(※注1 オイルショック……中東情勢が緊迫したことで油価格が高騰。世界規模で経済の大混乱が生じた)
「子どもの頃からいちばん興味があったことを試してみたい」という気持ちに素直に従ったからだといいます。
大学卒業後は京都府立陶工訓練校の図案科に入り、専門知識と技術を学びました。
修了後、2年の準備期間を経ていよいよ松江に開窯すると、作陶の傍らで欧州やエジブト、アジア諸国を巡り、現地の窯場で学びを深め、自身の技術を磨き上げていきます。
石田「これまで、陶芸しかしたことがないんです」
ずっと陶工ひとすじだという石田さんは、目にしてきたもの聞いたものから糸口を得て、内側に湧くエネルギーのすべてを作品に注きます。
そこで重要になるのが、旅です。現在でも、制作に困るといつもどこかに出掛けて行くのだとおっしゃいます。
自分の想像もつかないような現地の文化や時代の進行に触れることが、新たな制作意欲を生むのだそう。
石田:「だから行先はたいていが海外。この前はベトナムでバッチャン焼きをみてきました」
バッチャン焼きは15世頃からハノイ近郊のバッチャン村でつくられてきた焼きものの総称で、王室でも御用達の伝統的な色柄が特徴。菊やトンボなどを手描きであしらいます。
昨今ではより近代的な模様やデザインが生まれ、ニューバッチャン焼きとされる新しいジャンルも形成されています。
石田:「フランスの植民地だった時代があるでしょう。だから、そういう欧州的な美的感覚も入っていると思うんです」

交易を重ね、人と人との交流で血が混ざり、戦を超えてきた歴史がそこに詰まっているのだから、「伝統文化」と呼ばれるものに実は違う国や地域の文化が入り混じっているのは、考えてみれば当然のこと。
同じように、各地を旅したつくり手が工房へ帰って新しいものを生み出すとき、その器の裏側には一体どれだけのルーツが凝縮されているのでしょう。
個人的なルーツなど悠々と超えて、けれど一方でまちがいなく個人的選択によってMIXされた要素は、つくり手の生み出すものに独自性を与えます。
市の原工房でも、チベット東部の少数民族が使う東巴(トンパ)文字※注2 を赤絵のモチーフとして取り入れたり、かたや茶室をこしらえたりと、石田さんを通して様々な歴史文化が融合し、現在に生きるものとして差し出されてきました。
(※注2 東巴文字……主に中国のチベット東部や雲南省北部に住むナシ族が使う象形文学)
だからこそ、石田さんの器には存在感がある。
旅をして、新鮮な気持ちで土に向かい、感覚や体を通して新しいものを生む。
その一連の工程には、つくり手の内部で巡る豊かな循環が感じられます。

自分を楽しませるのはいつも自分

石田さんの作品は、前述の通り豊かな色彩が特徴的。絵筆だけでなく、ときには釘を使って模様を描きます。
フォルムはどれも緻密に設計され、とくにポットやグラスは雑多な店内においてさえばっと人目を引きます。
もっとも興味深いのは、それぞれが一点物であるということ。手仕事の意味においてそれは当然そうなのですが、
石田さんは「飽きるから」という理由で、同じ形をつくることがほとんどありません。
型を使ってつくる大根皿やコップも、やはり色柄で違いを出します。
石田:「だから、大量注文はお断りしています」
たくさんの数を頼まれても、同じものは作れない。というか、作りたくない。だから断る。
作陶の道に進んだときと同じく、石田さんの選択はいつもシンプルです。

大切なのは、自分を楽しませること。楽しみながらつくるから、見る人を喜ばせる器になる。
つくり手の心は自然と器に反映されます。そしてその器が使い手の心にも作用する。
鳴窯の器を手に取ると、石田さんのこの作法がちゃんと効いていることがわかります。

LOCAL-IZMでは、それぞれに表情豊かな鳴窯の器を販売中。
世界を旅した体験が島根の土で形になった器です。ぜひご覧ください。
【嗚窯 市の原陶房】
島根県松江市東出雲町揖屋1630-6
石田充弘
Instagram: https://www.instagram.com/narugama ichinohara/
【LOCAL-IZM 】